私の家族 12月16日

稽古場でアキラ役の昇さんはプロンプも務めている。「新劇の若い俳優は必ずプロンプをするんだよ」「昇くん、絶対に勉強になるよ」などとみんなで冗談半分で扇動してやってもらうことになったのだが、正直私はプロンプという職分が自分の手から離れたことにかなり安堵した。御多分に洩れず、私は一応役者から演劇を始めているが、演技への適性は全くなかった。人前が苦手とか、身体が動かないとか理由はいろいろある。だが最も大きな要因は、自分が何かアクションを起こすことで場の空気が変容してしまうことへの躊躇だった。人間同士のぶつかり合いが怖いから、目の前の情報を遮断してしまう。そんな私だから、プロンプを出すのも恐々としてしまう。
今日の稽古を見ていて、役者にとっての最優先事項は現場や臨場で生成される出来事を鋭敏に感受することだ、という当たり前の事柄を再確認した。山口さんは、4場の稽古で、言葉の抑揚を制限してもらう演出をつけた。役者があらかじめ準備してきた感情の表現を見せるのではなく、生身の人間同士のやりとりから生まれる名状しがたい何かを伝えたいという狙いだった。だが、初の通し稽古を終えて、その指示は一度リセットされた。言い方にとらわれるあまり、役者が目の前の人とのやりとりに集中できなくなってしまうことが理由だ。
「この通し稽古は1時間45分を通して(相手からのアクションなどで)自分がどう変化していくか確認するための作業にしてください」と山口さんは言った。舞台上の人と人の関係性を極力シンプルな形で客席に届けることをこの作品は目指している。今はそのための試行錯誤を繰り返している段階だ。丁寧に堅実に人間関係を描いたときに、言葉の表層の意味を超えた詩情が見えてくるはずだ。

文責:大貫はなこ