財産没収稽古2017.6.7

今日は雨。
昼から集まって、稽古が始まります。

前提として、とりあえず6月中は基本的に、初演そのままを再度立ち上げてみる。ということにしました。約2年ぶりに見た映像は、やはりとても見ごたえのある作品でありながら、アラも見えます。

しかしそのアラを解消するために、筋を一つ一つ懇切丁寧に通していこうとすると、稽古が全く前に進まないだけでなく、よかった部分まで削ってしまう事態に先日なりかけたからです。

一から作品を創るのではなく、今回はあくまで再演であるため、ブラッシュアップになるよう心がけること。また、ストーリーを知らないお客さんにも楽しんでもらう、ということが一つの課題なので、そのことからも筋にこだわらないこと。セリフを一語一句変えずに登場人物や設定を深めて上演するわけなので、どうしても筋が通らない部分が出てくる。それを無理に整理しようとしないこと、を念頭におきました。

初演では全部で37分だったこの作品。
14分のところで、一旦止めます。
出演者たち、自宅で動画を見て、セリフや動きを確認してきてくれていたので、ほぼ問題なく通りました。さて、微調整開始です。

演出担当の私には、「テネシーを演じる高杉さんが椅子に向かって話しかける」部分がとても唐突に感じました。初演でも確かに、多少唐突感はあると思っていたものの、なんとか押し切った部分です。その部分の違和感を解消するために、オープニングで、松尾恵美ちゃんに椅子に座ってもらうことを提案します。最初に人が椅子に座っていて、その人にテネシーが触れようとした、という前置きがあれば、その後、彼が椅子に向かって話しかけることの違和感が減るように思えたからです。

松尾恵美ちゃんは、自分が演じている側からの違和感とともに、2年ぶりに見た動画の違和感として、オープニングで彼女が演じる「不動産を差し押さえる女」と「テネシーウィリアムズ」の二人は、目があう必要はないのでは、と提案してくれました。女はテネシーと同次元にいなくても良いのではないか。つまり、お互いに存在に気がついていなくても良いのではないか、ということ。なぜなら、2回目に女が登場する時は、女にはテネシーが見えていない、のです。

1回目は見えていて、2回目が見えない理由は何か。
同じ次元にいないのではないか。

確かに・・!と思いながら、にわかには解決法が見つからない。というか、そうでなければならない理由がない。次元をずらす理由は何か。。。恵美ちゃんの感覚はとても信頼できるので、そこにヒントが確かにあると感じます。

というわけで、私の提案と、恵美ちゃんの提案を、高杉さんの提案で実際にやってみることに。

不思議なもので、立ち上げてみると思った以上にその意味がわかります。

オープニングで、恵美ちゃんが椅子に座っており、時計を気にしている。
そこに高杉さんがやってきて、その恵美ちゃんに触れようとするが、恵美ちゃんはちょっとの差で立ち上がり、その場所を差し押さえて出て行ってしまう。椅子から立ち上がった「不動産を差し押さえる女」としての恵美ちゃんのことは、もはや高杉さんには見えません。

高杉さんは、薄暗いこの部屋で、今ふと見えてしまった妄想(椅子に座った女)を頼りに、戯曲の執筆を始める。

がちゃんと音がし、振り返るとそこには恋人役のまっちゃんがいる。

見ていてとても面白く興奮しました。
なんというか、意味のわかる、面白さです。
椅子に座っていた女はおそらく、テネシーの姉なのです。
そのことはここではまだわからないのですが、少なくともテネシーにとって意味のある人なのだということはわかると思います。そして後々セリフで、これが「姉」であることは、わかるようになっているのです。

また、不動産を差し押さえる女が、今このテネシーのいる時間にはここにおらず、どうやら違う時間軸にいるらしい、でもいったいなぜ?という疑問も、後ほど解消される戯曲になっています。

追っかけてきた恋人は、私たちの独自の設定では酔っ払って戯曲を書いているテネシーをここから連れ出そうとしますが、テネシーはなかなか、妄想から戻ってこない、ということになっています。初演でもともとやっていたこの部分が、オープニングを変えたことでとても生きてきました。

しかし、その後すぐ「この素敵な人形」問題が浮上します。「この素敵な人形」問題というのは、この戯曲の登場人物であるウィリーが、手にしているボロ人形のことを「この素敵な人形」というのですが、それが、私たちが現在設定している状況に全くそぐわないという問題です。

初演では、松尾恵美ちゃんが再び登場して、高杉さんの鞄からワンピースを取り出しながら発語する、という方法を取っていました。照明の色を変え、その時間は今流れている時間とは別である、というような印象をつけました。

「今は訳がわからないけれどそのうちこのタネが明かされるのかしら」というような印象のシーンになっていたのです。問題は、その後そのシーンが解説されない、ということにありました。

私が思いつきで、逃げの提案をします。
どでかい音楽をかけ照明を一気に変えて、「素敵な人形」という言葉を映像や幕で出す、というようなものです。ただし逃げであることは確かなので、採用しづらいと思っていたところ、

高杉さんが、ボロボロの服を着せたトルソーを舞台上に置いておき、それを見ながらまっちゃんがつぶやくというセリフにしてはどうか、と提案してくれます。

トルソーを置く。
勇気のいる選択です。
なるべくシンプルに、必要最低限の美術で、出来る限り大きく膨張力のある演出をつけることをサファリのモットーとしている以上、少し意味のある、美術を置くかどうかは、なかなかの決断です。

ただ、トルソーはさておき、まっちゃんがトルソーに話しかけるということを込みで外連味のあるシーンにすれば、逃げにならず、オープニングからワクワクしてもらえるかも、と希望の光が差し込みました。斜め、対の場所に同じドレスなのだが綺麗なものを着た恵美ちゃんが出てきて、まっちゃんと恵美ちゃんがそれぞれ踊る。

すると恵美ちゃんから、この後にやる「足のダンス」と構図もコンセプトも似ているので、同じシーンにしても良いかも、と提案してくれます。

まっちゃんは、こんなダンスはどうだろう、とあやつり人形のとても怖い動画を見せてくれました。

お二人には、一旦私からのイメージを提案し、作ってきてもらうことにしました。作って、共有して、意見し合い、また作り、を繰り返す予定です。

その後、高杉さんの提案で、セリフをこれまでと違う割り振りにしてみます。

「学校に行かないの?」と、少年少女がお互いに聴きあうシーンがこの後やってくるのですが、私たちは新たに、テネシーが恋人に「どうして学校へ行かないの」と聞き、ウィリーが登場するので今度はテネシーがウィリーに「君はどうして学校へ行かないんだい」と聞くというシーンに作り変えていました

それを、二回目の学校の話題の部分、つまりテネシーがウィリーに効く部分を、アルヴァがテネシーに聞く、ということにしてみたのです。

アルヴァとは、ウィリーの姉。ウィリーは女の子だが男の名前。つまり、アルヴァはテネシーウィリアムズの姉、ローズの象徴です。

男のセリフは恵美ちゃんは読まない、という固定概念を壊してみることで、意外な広がりが出てきます。なるほど、この椅子に座るのは、どうやら、テネシーの姉らしい、ということ。

その後、処理にとても困るセリフが次々に出てきたのですが、同じことをするのでも、そのセリフ群の最初に道筋をつけてあげると、とても見やすくなることがわかりました。

ここまでで、あっという間に4時間が経ちました。
6月の稽古はあと11回。
なんとか、6月中にざっくりとした形を作り上げ、7月から深めていこうと考えています。

読んでくださった奇特な皆様、8月中旬までお付き合いのほど、よろしくお願いもうし上げます。じうネタも時々挟みたいとおもいます。