じうちゃんが、便秘です。
うーむ。お腹が破裂したらどうしよう・・・しないとは思うのですが・・・
今日は、先日作った脱走兵のシーンに、セリフを外から当てる稽古をしました。
小説の中の言葉、を、生の肉体を持った人間が発するときに、必ず感じる違和感。
これを俳優が、演出が、しっかり違和感として捉えていくこと。
それを逆に武器にできるかどうかを検討すること。
武器にするための演出方法。
その一つとして、です。
悪童日記はどうしても、話し言葉を使うことができない作品。
私は、小説の中の言葉しか使わないつもりです。
私にとっての話し言葉は関西弁。
セリフを例えば関西弁に変えてしまっても、この小説の普遍的な部分は担保できるのでしょうか。
仮に担保できても、
関西弁につきまとう雰囲気を、果たしてまとって良いものか。
そう考え出し、やはり、小説の中の言葉だけを使ったほうが良いと判断しました。
書き言葉を口から発することも、大きな劇場なら悪くないと思うのですが、今回回る劇場は全て小さな劇場。
お客さんとの距離と、セリフの質感の関係を考えると、書き言葉をそのまま、話し言葉のように取り扱うことは、とても難しいと思います。
外からセリフを当てていくと、時々とても、リアルに感じることがあります。
本人が喋るよりも。
でも基本的には、ストーリーの説明のようになってしまいます。
そうしないためには、生き物と生き物の間の目に見えない何か、を捉える必要があります。
それは結局、舞台と客席の関係にもつながります。
今回は、5人の出演者の立ち位置などの関係も功を奏し、ふと、リアリティのある人間関係を見つけることができたりしました。見つけたら、それを成立させるためにセリフのスピードや立ち位置を考えることができます。
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縦横無尽に、手当たり次第、気になる稽古をやっていくことができる期間も、そろそろ終わりに近づいてきました。
ギリギリまでまとめずに、散らかしていきたいと思っていますが、どうなることやら。
そしてじうの便秘はいつ治るのか。