山口茜の日記」カテゴリーアーカイブ

喫茶店とつぐむ

八尾プリズムホールへの「つぐむ」という本を書きました。まだ第一稿なので荒いのですが、書いた後の感じと、

あと、先日「私の家族」の戯曲執筆のためのミーティングwith山納さんを開催させていただいて、思うところがいっぱいあったので、

その両方からの徒然を。

私は台本を書くとき、ある程度の速度を持って書かないと掴めない、というような感じを持っていて、その速度を落とさないように一気に書いてしまう。ただ、この20年で物事を少しずつ論理的に考えられるようになって、その分、速度を落とすようになった。

でも、今回はその速度が、まだまだ早いような気がした。

そして、書いている時、手触りを死守しようとするとどうしても、フィクションに行けなかったんだけど、もしかすると速度を落とせば行けるのかも、と感じた。

急に村上春樹の「壁抜け」を思い出した。15年ほど前だろうか。春樹さんのすべての著書を読んだ後に、「壁抜け」を分かったつもりになっていた。でも、今に成って、まだ、実感があるわけではないのだけど、「壁抜け」とはそういうことかもしれない、と思い始めている。全然違うかもしれない。

春樹さんは、走るぐらいの速度がちょうどいい、というけれど、そこはまだ、私にはわからない。憧れて何度、走ったことか。その度に、挫折している。井戸の底に座ったことはない。当たり前か。(ちなみに中身は絶対に真似できないので、私はただの、村上春樹ファンなのですが)

戯曲で、手触りのあるものを書く、ということを死守しながら、しかし、現実では起こりえない(と思っていること)にアクセスしてみたい。

「私の家族」で、それをしたいと思った。

先日ふと、自分の感情の論理性のなさが、急に「見えた」。その時に、私、前より論理的思考が鍛えられたかも、と思った。そしてこれが執筆に生かせるような気がした。

戯曲の構成は非常に重要だ。構成こそが命かもしれない。
そして構成には、論理的な思考が必要だ。
しかし、感情とは、破綻しているものだ。
全く、論理的でない。
だからそこに論理を持ち込んではいけない。
戯曲とは、論理的に組まれた構成という骨組みの上に、この破綻した感情を立ち上げるということなんだろう。引き裂かれている。

閑話休題。

財産没収の稽古をしていると、この戯曲が、壁抜けの可能性を孕みながら、その実「絵画的」になっていることを感じる。「欲望という名の電車」や「ガラスの動物園」では明らかに抜けていた壁が、「財産没収」では歴然と立ちはだかっている。短編なので当然といえば当然なのだが、それを、サファリでは、「演出で壁抜けする」というようなことをしていると思った。

「演出で壁抜けする」

チラシに書いてしまいたいほどのキャッチフレーズだが、壁抜けって、たぶん春樹ファンないとわからないので書けない。

ずっとハッタリに支えられたプライドで生きてきたんだな、と最近つくづく思う。

少しずつハッタリを手放していけている感じがする。

固結び

本当はこうしたいのに、そうならない理由は何か。

そういうことを知ろうと思ったら、
まずは自分の中にある、知らぬ間に固結びされた糸を解きほぐす必要がある。

そうかそうか、これか、と思って解こうとしても思った以上に固くて、最初はまるで、真っ暗な井戸の中に放り込まれたような気持ちにさえなるかもしれない。

だめだ、明るいところに逃げ出したい。空気が薄い。寂しい。と感じる。

だけどそこはふんばって、何としてでも解いていく必要がある。

一生懸命糸をほぐしていくと、自分の無意識を育てた人に対して猛烈に怒りがこみ上げてくることもあるし、失ったものを、こうすれば失わずに済んだのか、と知ることができることもあって、

いろんな感情が浮かび上がってくるけど、その都度、それを表へは出さずにまず見つめて、分析して、紐解いていく。(時々表へ出して一戦交えてくることもある)

なんとか踏ん張って、解けたとき、はっと気がつく。

やりたいことが、形になっている。
やりたい人と、組んでいる。
プロセスを楽しむことができるようになっている。

それができるようになると、自信が手に入って、
自信が手に入ると、自分を好きであるということと、自分の行動を批判するということが共存することもままある、ということが受け入れられるようになる。

自分への絶対的信頼感と愛を損なわずして、自分の行動を厳しくチェックできるようになってくると、それを他者への反映できるようになる。

確かに、教育の本には、6歳までの子育てが、その子の人生のすべてを決めると書いてある。
だけど何歳になってもやり直せる。
てか、そうじゃないと、生きていけない。

私はこれからも、ほつれている部分を探しては、それをほぐす作業を繰り返していく。

こんな抽象的な説明で、何がわかるというのか、と書いてから思ったけど、ほんま、最近、こんな感じで生きています。

怒る

あの、財産没収の稽古場日誌が、とてもストイックなものになりそうなので、私の日記を別途、挟みこんでいきたいと思います。

私の日記は、ただの徒然、私の頭に浮かんでは消えていったことを書きとめるだけのものです。ストイックを中和させるものに、果たしてなれるのかどうか。

今日は「怒る」について書きます。

私はずーっと、オコリンボでした。

「でした」って書くということは、今は違うの?と思いますが残念ながら今も、オコリンボです。私の夫なんかは、びっくりするぐらい「ヤサシンボ」なので、私が怒り出すと、最近なんかはその怒りが静まる行動を粛々をとってくれます。私も、自分が感情に振り回されていることをなんとか俯瞰して見れるようになってきたので、なんというか、私達夫婦、力を合わせて私の「怒り」を鎮める、という、不思議な状態になっています。

ただ、家族以外の人に対しては、オコリンボになることを、私はここ数年、やめていました。やめていたというか、結果、抑え込んでいた、ということなります。やっぱり、感情に振り回されると、人間関係がうまくいかないからです。単純な論理です。

でも間違えて、ただただ、ズブズブに優しい人、になってしまっていたような感じもあります。ここ数年では一つだけ、とても許せないことが起きた時は爆発してしまいましたが、それ以外ではおそらく、ほとんど、誰にも怒らなかったんじゃないでしょうか。

そんなことができたのは、とても大事な人を失ったからです、それを、私のオコリンボのせいだ、と思っていたからです。

でもね、

そうやってニコニコ、「いいよいいよ」「なんでも受け入れるよ」とやってきた結果、

どうも私、自分の何かを抑え込んでいるような感覚に襲われるようになりました。ニコニコし始めた当初は、「こりゃええわ!」「気持ちええわ!」「私めっちゃ性格良い人!」と思ったものですが・・・最近は、どうも、やりすぎている、やりすぎて、自分の芯までなくなっているような感じ。

私自身が、甘い人間になってる感じ。
私、甘えた人間が、大嫌いなのに!⇦怒っている

私ってやっぱり、「怒り」が原動力なんです。
それは、良いとか悪いとかじゃく、そうだ。

ということをふと、思ったりして。

怒りは、悪いことじゃないんだ。
だって、勝手に沸き起こる感情だもの。
そこを否定するってことは、私を否定することになるんだと、ようやく気がつき、

抑え込まずに観察して、行動に対して論理的に批判できるように、なるべきだと、気がつきました。

それは同時に、自分の行動のチェックにもなります。
私の他者に対する批判的な言葉は、そのまま自分に突き刺さるからです。

そうそう、一番しんどかったのは、ニコニコ他者を甘えさせることで、私が、自分にも甘くなっていたことでした。この辺の塩梅って難しいな。

厳しすぎても、甘すぎても、立ち行かないものね。
だってな、お互いに許しあうだけでだらだら生きてて、勝手に天井から肉や野菜や果実が落ちてくるならええよ?でも、やっぱり、誰かがピリッと立ち上がって、人と折衝しながら、自分の食い扶持だけは確保しなあかんわけですから。

このまま、甘えたのままでは、それが無理やと思ったんです。

ちなみにこういう流れは、ある日を境に急にそうなったのではなく、ここ1年ぐらいのことです。1年かけて、ゆっくり、そういう風になってきました。

先日、シニア演劇大会に参加してきたのですが、そこで私、久しぶりに他者に怒りました。これが、演劇で言えばオコリンボ再結成後の第一回公演という感じになりました。

とてもとても怒りました。行動に対して。その行動が何を引き起こしたか(具体的にはうちの団体が迷惑を被った)を伝えて、怒りました。でも、暖簾に腕押し、全く響きませんでした。

ここで私が感情的だった場合、思いが届かないことにジレンマを抱き、さらに怒りを増幅させていたと思います。でも、実は全然感情的ではなかったので、届かないことは織り込み済みでした。

後から「あの人全然反省してなかったよー」とたくさんの人に聞きましたが、怒鳴られて、即座に反省する人はあまりいません。その場をしのぐための謝罪の言葉を発するのが精一杯なんだと思います。反省は、おそらくこの先に、私とは関わりのないどこかで、せざるをえない日が彼にやってきます。だって、1時間以内の作品を作れって言われて、全部のスケジュール表まで配られてるのに、45分もオーバーしてきたんだから。その感覚で生きてたら、どこかで頭打たないわけがない。

ただ、彼の頭を打つのは私ではない。

あの時私に怒る必要があったのは、私自身が、改めて、「ルールを守ることが、他者を守ることになる」という事実を自分に突きつける必要があったからだと思います。

あとは、私が、恍惚一座のメンバーの声を代弁する必要もありました。
あそこで変に穏便に済ませたら、誰の怒りも鎮まらないからです。

怒りは、相手を反省させるツールとしてはとても弱いと改めて思いました。
それでも、私はオコリンボを再結成できて、よかったと思いました。

怒りたくても怒れない人もいるし、泣いちゃう人もいるし、穏便にしか済ませられない人もいるから、そういう時は私が怒ればいいと思ったし、怒ることで、私は私をピリッとさせていくのです。

にしても、くだんの彼、その後、女性の楽屋に入ってきて、ずーっと居座っていたそうです。公共の場所も、男性用の楽屋もあるのにですよ。なぜ、女性楽屋に、入り浸ったのか・・・。我らが恍惚一座のメンバーは、衣装の着替えが大変だったそうで、そのデリカシーの無さに呆れました。ありえんわ。

演出助手と出会いたい

いよいよ、暖かくなってまいりましたね。
街は新緑に染まり、暖かな風と美しい夕焼けに感動し、いつまでもこの季節でいてくれとついひとりごちてしまいます。毎年。

さて、悪童日記が終わり、サファリ・P及びトリコ・Aは次の公演に向けて準備を進めております。

そこで、山口は、

サファリ・P第三回公演「財産没収」演出助手@京都 2017年5月〜8月
トリコ・Aプロデュース演劇公演2017「私の家族」演出助手@東京 2017年12月〜2018年1月

を募集したい気持ちでおります。
したい気持ちというのは、まだ募集要項などを作成するに至ってないからです。

近々、募集するはず!
ご興味のある方にどうぞ、お知らせください。

シニア劇団12月27日

今日久しぶりに、「母乳?」と聞くところから会話を始めるおばさまに電車の中で遭遇しました。
母乳?と聞いてくるおばさまはだいたいその後「母乳の子は体が硬い」的会話へと誘ってくれるのですが、今日は思わぬ変化球が。

「母乳?」
「はい」
「やっぱり母乳やね」
「はあ」
「私なんかもう、最初の子供の時は9ヶ月頃まですわしてたかなあ?」
「へえ・・・」
「だからもう最後の方はガリガリやったけどね」
「そうですか」
「おたくは体格いいね」

もしかして、女としてのステータス争いだったのでしょうか。

さて、昨日27日は、2016年最後のシニア劇団稽古でした。
今回は初めて、私が脚本を担当し、作品を発表する予定です。
毎回、ヒーヒー言いながら脚本を書いておりますが、年内には残念ながら描き終わりませんでした。
気配すらありませんでした。

それでもなんとなくの配役が見えたりして、面白い稽古になりました。
セリフは関西弁で書いているんですが、セリフになると急に関西弁を喋れなくなる方続出で、不思議なものです。意識すると急にできなくなるものなんですね。でもそのことが稽古終わりのランチの会話の中に出てきたので、なんだかしんみり嬉しくなりました。

2017年最初の稽古には、台本が上がっていることを夢見て(夢じゃいかんのですが)、執筆計画を立ててみようと思います。でも嘘をつきたくなかったので、稽古場ではそのことを明言できませんでした。えへ。

さあ、いよいよ年の瀬ですねー。
あと少し、打ち合わせが残っています。
じうちゃんのために、カッテージチーズを作ったりしたいのですが、それどころではなさそうです。

熱って気持ちいわ!

先日私が人生で初ぐらいの高熱を出した時、すごく気持ちが良かったので、

後で母に「熱って気持ちいなあ」というと、

「アホか、熱なんかでえへん方がいいんや」と返された。

私としてはこれまでの人生ずっと、熱の出ない身体のせいでしんどさがダラダラと続くタイプで辛かったので、産後、こうやって一気に熱が上がり、下がり、回復するというメリハリのある身体になってすごく嬉しかったんやけど、母としては、熱が出ないイコール強い、というイメージがあるらしい。

昔の私なら、そこで、「えー、お母さん、知らんの?熱は出た方がいいねんで?」というところなのだが、ふと思いとどまった。

なぜなら母が続けてこう言ったからである。

「私、お母ちゃんに感謝したもん。若い頃は細い体が良いって思ってたけど、年取ってくると、丈夫なんが一番やなって。丈夫に産んでくれてありがとうって」

確かに、丈夫には産んでもらった、私も。
骨なんか折れたことないし。
大病もしないし。

せやねんな。熱は出えへんけど、確かに丈夫やねんな。

ここはひとつ、熱は出た方が丈夫な体なのだ、という事実を母に押し付けるよりも、黙ってニコニコしてみよう、と思った。母は、マジでおばあちゃんに感謝してるし。

どっちが正しいか、よりも、本人がありがとうって思ってる方がみんな幸せやな。
私みたいに「なんで熱のでえへん体に産んだんや!」と恨みがましく思ってるより、たぶん、ずっと。

シンデレラ

先日書き終えたテキストを寝かしている間、来年のトリコの上演のためのワークインプログレスのために、テキストを考えている。

こういうことがしたい、というのは去年からもうあって、何を使って考えるか、そのことを伝えるための枠組みについて思いを巡らしているんだけども、ああでもないこうでもないと一向に落ち着く気配がない。

ただ、自分が何をしたいのかがはっきりしていることはありがたい。
うまく書けるかどうかなんて全くわからないけど、書きたいことがあるってことが嬉しい。

でもこれを文字にするのが大変なんですーーー!!!

テキストは「準備」。
どこまで準備するか。
できるかにかかってる。

今やりたいと思っていることが、頭で考えているだけなのか、本当にやりたいのか、その試金石でもあるテキスト。とりあえずオーディションまでに少し書いて、オーディションで使用するつもりです。

一緒にやりたいと感じた人たちと、そのテキストで作品を作ります。

シンデレラのように、じうが寝ている間だけ、私は劇作家になれます。
じうが起きている間はじうに夢中になれるように。

ヒー

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乳苦しい

縁あって、オスカーワイルドとミヒャエル・エンデを読む機会があり、共通点が多くて驚く毎日です。同時に我が子が初めての風邪をひき、私は夫とともに風邪をひきながらも5日間、鼻水に溺れる息子を看病していました。24時間体制で。

ようやく息子の鼻の中の嵐が過ぎ去ったようで、静かな夜が再来しました。今は激しく咳こんでも起きる気配がありません。というかじうちゃん、成長しました。当初ギャン泣きだったハナミズトッテで鼻水を吸い上げるという行為に見舞われても、今や笑みさえ浮かべます、悟りを開いたようです。

寝かしつけのために添い乳を30分ぐらいして眠りに落ちたのを見届け、そっと体を離して固まった体をほぐすべく伸びをしたあと振り返ったらじうちゃんも伸びをして微笑んでたり(寝てくれ)、乳をやっている最中に夫が通ると首を動かして夫の動きを追ったり(飲んでくれ)、とにかくすごーく成長しました。

そんな中、いよいよ仕事に復帰し、週二回、大学で授業をしてきました。
下世話な話で申し訳ないですが、お乳のサイズが3カップ上がり、ちょっと大変なんです。昔から胸なんていらない、細い体が欲しい、と思い続けてきた私ですが、さらにデカなり、ある程度の服はパッツンパッツンになってしまいました。さらにそれが何時間も放置されるとカチカチになります。非常に大変です。体に息子の食料をため込んだまま仕事をするのは、ほんと、大変です。

トイレでシュコシュコ、搾乳する邪魔くささといったら。

でもまあ、眉をひそめる方もいらっしゃるのは重々承知の上で、申し上げますが、子を産み、三ヶ月休んだ後仕事に出れて、私は幸せです。離れるのはとても辛いけど(気持ち的にも、乳的にも)、私以外の人に見てもらうという経験をさせていただけてラッキーです。

友達に聞いたのですが、アフリカではお母さんが野良仕事に出るときは、仕事に出ないママ友に子供を預け、乳まで飲ませてもらうそうです。ミルクじゃありません。他人様のお乳を吸わせてもらうそうです。

ここは日本ですが、本来、子供はみんなで育てるもの、という感覚が母には備わっているそうで、自分以外の人が育児に参加してくれることが精神安定につながるんですね。わかる〜って感じです。

さすがに他人様のお乳を吸わせてもらうわけにはいかぬ凡人かつ息子の食料そのものとしては、息子から離れるのが大変心苦しいならぬ乳苦しいのですが、ここはひとつ、お互いに慣れていくしかありません。今夜も搾乳して頑張りたいと思います。

で、オスカーワイルドです。

ここ数年、デラシネラさんに関わらせてもらう時には大抵、原作もので、その度に昔の作家に触れる機会をいただいており、その蜜の味を知っています。

オスカーワイルドはデラシネラさんではありませんが、今、絶賛執筆中です。まだ全然光明は見えておりませんが、作業そのものはとても面白いです。

なんとか9月中に仕上げ、10月には東京でのオーディション&ワークショップ、そして悪童日記の脚本執筆開始というミッションもあります。じうちゃんに風邪をひかれたらひとたまりもない脆弱な私めですが、なんとか精神的にはズリバイで頑張りたいと思います!(じうちゃんは寝返りもまだまだです!)

テキスト情報

8月に発表がある2つのワークショップの、テキストを担当させていただいております。
詳しくは、最新の外部作品をご覧くださいね!

最近、じうちゃんのことばかり書いております。
自覚は薄いのですが、ノイローゼの一歩手前で踏ん張っているようです。
先日は、使用済み紙オムツをがっつり洗ってしまいました。

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しかし!
私も、育児ばかりしているわけじゃありません!

彼が寝ている隙を狙って、少しずつ、秋以降の活動の準備を進めております!秋から来年の春にかけ、自分たちが主催の公演が3つもあります!

そこに大学とシニア劇団が加わり、なっかなかにハードですが、
今夜も母乳を冷凍保存して頑張ります!