悪童日記2月13日

先日、バスに乗ったところ、久しぶりに赤ちゃん親衛隊のおばあさまに遭遇しました。

おばあさまは、じうと私の干支を聞き、将来、じうが大成功をおさめることを約束してくれました。一体どういった分野で成功するのか、何を持って成功というのか、いろいろと疑問は尽きませんが、良い予言は信じたいと思いました。

ただ、風邪だけはひかせてはならないと再三注意を受けました。
風邪をひくと台無しになるそうです。

うーん、すでに結構な回数ひいてしまいました。残念。

さて、13日は、稽古場見学に「ピンク地底人5号さん」と「ゆみちゃん」がお越しくださいました。お二人は、稽古見学の様子をツイッターでつぶやいてくれています(きになる方は、@pinkchiteijin5さんと@18yumichanさんで検索してみてください)。

この日は、台本の最初の2ページを作りました。
ただし、双子がおばあちゃん家に行くところまではすでに出来上がっていましたので、おばあちゃんが家を出て、祖父の眠る墓に行く、それを双子がつける、というシーンを重点的に作りました。まっちゃんがお休みでしたので、5号さんが代役をしてくれました。

「見ていて面白い」ことと「目的に忠実である」ことは、時に相反します。見ていて面白いを取りすぎると、目的を見失い、目的ばかり見つめていると飽きてきます。両方を取りながら前に進むのは、面白いですが忍耐が必要です。

そのあとは、司祭様が双子に祈りを授けるところと、父母が双子について語るシーンを作ってみました。どういった発声をするか、どのように聞こえてほしいかを何度もなんども繰り返して確認しました。また視覚的に何を優先するのかも重要です。眠る双子の横で、父と母の会話が聞こえてくること。映像なら簡単にその様子が頭に浮かびますが、これを同じ効果を狙って、素舞台に近いところでやるには、何が必要かを考えました。

また、司祭様は一体どのように祈るのか、という話にもなりました。
キリスト教にもいろいろあって、胸元で十字を切るのはカトリックと正教会、プロテスタントはそういうことをしないそうです。日本人にとってのキリスト教といえば十字、なのですが、ヨーロッパの国々にとってのキリスト教はずいぶん捉え方が違うのでしょう。

果たして「キリスト教」を「人にとっての宗教」というところまで普遍化してしまってよいものかどうか。悩みます。