山口茜の日記」カテゴリーアーカイブ

内臓語にもぐる旅の振り返り

  • この会に参加した動機

今年の夏ぐらいだろうか。東京の劇作家、演出家である西尾佳織さんから、今度京都で勉強会するので、良かったら参加しませんか?とお誘いをいただいた。私は、西尾さんという劇作家を知る機会になるんじゃないかという興味と、この会が自分の知的好奇心をくすぐってくれるかもという非常に受身な気持ちで参加を決めた。

知的好奇心から参加したのではなく、普段発動しない知的好奇心が「何か」によって立ち上がる気配を感じたということだ。スタートとしては少し残念な動機であった。しかしこの勘は当たっていたことが後々分かる。私すごい。

また、その勉強会があるという時期は、現在取り組んでいる「私の家族」という演劇作品の戯曲を仕上げるための大事な期間でもあったが、いつものようにそんなことは気にもせず参加を決めてしまった。途中で、まずい、勉強会に参加している場合じゃなかった!と焦ったのはいうまでもない。

ただこれに関しても、私は私が、戯曲を書いている時の自分の生活が執筆に非常に大きな影響を与えることを忘れていた。年々、深く潜れるようになってきて、まるで深海から空を見上げるように、ぼやっとした抽象的なものではあるものの、やはり生活やその生活に基づく感情の揺れが、そのまま戯曲に影響するような生き方をしている中で、

今回の執筆期間に「内臓語に潜る旅」に参加したことは、単純に執筆時間が減るということを除けば、戯曲にとても良い影響を与えたと思う。

さて、夏から月1回のミーティングを重ね、参加者それぞれがそれぞれの興味とテーマを掘り下げながら、11月の報告会に備えて準備をしていた。私は、内臓語のことが頭の片隅に時折現れたり消えたりしながら、結局、戯曲の執筆に始まり、子育て、公演の残務処理、助成金の申請、会社の立ち上げにおわれていた。

  • 西尾佳織の目的

そんな折、とあるミーティングで西尾さんが、実はこの会って、それぞれが自立した状態で自分の興味を掘り下げていく中で、それを持ち寄って何かできないか、という実験のための企画だったんだよね、と言い出した。別に西尾さんの興味に付き合ってほしいわけじゃないんだと。

マジで!とびっくりした。私は額面通り、この会の題名ともなった吉本隆明さんの「内臓語」にすごく引っ張られていた(この会はそもそも、吉本さんの言う「内臓語」というのについて考えてみましょう、という会だった)し、その中で、すごく興味のある部分として息子の言語獲得についての本を読んだり、あんまり興味の持てない部分を持て余したりしながら、なんとなく、それでもまあ、参加するって言ったしな、的に過ごしていたんだけど、そうじゃないんだと。

あんたの興味はどこにあるのかと。あると思っていたところになくても良いのだと。なければ違うことを探すのか、参加するのをやめるのかも自分に権限があるし、それぞれが自分の好奇心に従い自走している状況でそれを持ち寄り、お互いの興味関心を突き合わせていくことに意味があるのであって、西尾佳織が自分のやりたいことをするためにこの場所を引っ張って行って、彼女のやりたいことを探る会ではないんだと。そう言われたのだった。

  • 知的好奇心

さて、話はそれるが、知的好奇心、英語で言うとIntellectual curiosity、皆さんはお持ちだろうか。私の脳では、好奇心は通常「家事」と「子育て」「自己啓発」「稼ぐ」に働くよう、設計されている。この4つのことになると私は、夜も眠らず本を読み、時間をかけて地道に解釈を改善していく、という作業が苦もなく出来てしまう。なぜならおそらくそれらは皆、生活に即しているからだ。生きていくための急務だから興味が持てる。

しかし私は気がつけば、劇作家、演出家として40歳を迎えている。上記の4つのことに比べると、舞台芸術に対する好奇心が弱い気がするとは、薄々感づいてはいたのだが、だからこそ自分を「劇作家」とはっきり言うことができなかったし、生活にしか興味のない自分を恥ずかしいと思ったまま、自分をごまかしてここまで来たのだった。でも、内臓語に参加していくうちに、気がついた。どうやら私は、生活に即さないことに夢中になることに、罪悪感を感じている。

  • 私の好奇心

さて、生活が有り難いことに安定している今、はっきり言うと、「生活に即さないことに夢中になる」余裕が私にはたくさんある。でも私の好奇心を閉じ込めている檻の鍵は、だからといって簡単には見つからない。私は私の知的好奇心が一向に発動してくれないことに、ずっとずーっと、ジレンマを感じていた。

しかし待っていても仕方がないのでとりあえず、今最も興味があることのうちの一つ、息子が言語を獲得していく過程を発達心理学、認知科学の観点から研究した「ことばの発達の謎を解く」(今井むつみ*ちくまプリマー新書)を読み、すでに貪るように読んでいたアドラー心理学やモンテッソーリ教育についての知識を息子(1歳4ヶ月)の子育てで実践し始めた。

褒めない、叱らない、命令しない、決めつけない。

この4つを避けて赤ちゃんと接するとどうなるかご存知ですか。
私のような人間は、まず、喋ることがなくなるのです。

  • 好奇心の実践

保育園に迎えに行く。私には、彼の荷物をまとめて彼に靴下とジャンパーを着せて外に出る、というミッションがあるのだが、以前ならそのミッションをすぐに行い、「抱っこ」して連れて帰っていた。

しかし息子は最近歩けるようになっている。なので、「抱っこ」は「世話」というポジションから、一歩間違えると「私の意思を無理矢理発動させる行為」となってしまったのである。無理に抱っこしない。「早くしなさい!」と命令もしない。「置いていくよ」と脅さない。「ちゃんと自分で履けたね」と褒めない。でもこっちはこっちで、先生に残業させるわけにもいかないというジレンマがあるので、早くこの部屋から出したい。難しい!!何より時間がかかります。

とはいえ、ものすごく難しいことではあるんだけど、自分の好奇心と彼の好奇心が、それぞれあることを認め、それを邪魔せず、お互いの関心がクロスするかもしれない時に言語を使い、自分が何かをしてもらったら感謝する、それ以外で相手をコントロールするための言語を使わない、という形を実践していく中で、

これが、西尾さんの言うように、大人同士でもできたら最高だなあ、と思ったのだった。

子供が、叱られたり命令されたり褒められたり、大人が未来を予測して(勉強のできる子になって欲しいとか、まともに育って欲しいとかであっても)コントロールするために言語を使う大人に育てられた場合、自分も大人になった時、言語をそういうツールとして使用するのではないか。他者をコントロールしたり他者にコントロールされたりという関係が「言語」によって、なされてしまう。それが普通になってしまう。でもそうすると、やられている方は、怒られないように相手の機嫌を伺うようになってしまう。褒められても言語の裏を考えるようになってしまう。何より他者にコントロールされることでしか、自分の言動を決められなくなる。

でも、好奇心の掘り下げのために言語を使う大人と共に育った時、子供もまた、真似をして言語をそのツールとして使い、罪悪感など感じず、夢中になれるのではないか。そして言語を、他者のコントロールのために使用することがなくなるのでではないか。

好奇心と言語の間には因果があるということを、彼に付き合う中で私は教えてもらった。そして、内臓語が並行してあったために、それがはっきりと言語化され、私の脳にくっきり刻み込まれるという機会を得たのだった。

  • 私の執筆中の戯曲について

私が今書いている戯曲は、一人の女性が、たくさんの家族を殺し合いをさせることによって崩壊させていった、と言われている事件を基にしている。その女性にさえ出会わなければ、みんな普通に家族生活を送っていたのではないか、と言われることが多いのだが、私にはそれが不思議でならなかった。本当にそうだろうか。確かに彼女がいなければ事件は起きなかったかもしれない。でも、彼女一人でも、やっぱりその事件は起きなかったと思うのだ。

人は関係性の中で生きている動物で、人のキャラクターは関係性の中で決まっていくと考えると、彼女とその周りの人たち、すべての要素が揃って、あの事件になった、と言えるのだ。

私は、その事件が起きた要因の一つとして、主犯となったその女性に、「知的好奇心」がなかったこと、目の前の「他者」に興味を持ちすぎていたことが挙げられるのではないかと考えている。それこそが私との共通点でもあり、私の関心どころなのだ。

関連本を読んでいくと、彼女は「買い物」と「パチンコ」、そして家族との関係づくり以外に、やることがなかったそうだ。そりゃそうだろう。生活以外に興味が持てない。彼女自身、両親の機嫌を伺い、言語の裏を読み取りながら生き残ってきた。彼女の世界はとても狭いものだった。買い物とパチンコ、そして家族いじめに依存し、それらを続けるために、金を稼ぐために、あるいはストレス発散のために、家族に殺しあいをさせていった。

最も注目すべき点は、彼女は言語を「他者をコントロールするツール」として使いこなしていたことだ。彼女にとってはそれは「コミュニケーションツール」だったのかもしれない。でもコミュニケーションという大義名分で、彼女は次々に人をマインドコントロールしていった。

また、多くの被害者は、コントロールしてくれる彼女に吸い寄せられていったように見える。だって、彼女自身は、体力もなければ権力も武器もない、ただの中年女性なのだ。それなのに誰も彼女に逆らえず、怯えている。これもまた、言語でコントロールされることに慣れていたせいなのかもしれない。

念のために書いておくが、私は「被害者にも非がある」ということが言いたいわけではない。ただ、特に最後に残った「共犯者」と呼ばれる人々は、生き残るために彼女に迎合し彼女をサポートし、彼女に絶対服従した。そうしなければ死があったからだ。そこでは、壮絶な、サバイバルが繰り広げられていた。私が言いたいのは、彼らのサポートなしでは、主犯の女は、人を殺すことなどできなかった、ということだ。

人は誰でも憎しみや悲しみを抱えている。その疼きを抱えながら、生きている。でもそればかりにフォーカスしてしまった瞬間、自分の、他者の存在自体を許せなくなってしまう。主犯の女性は自分の憎しみに常にフォーカスし、他者の憎しみをうまく取り出してフォーカスさせることで殺し合いを促した。

リーダーに迎合し、サポートし、服従を誓う。これは命の危険がなくても集団の中でよく起きる現象だ。そこには「言語」が大きく関わってくる。そしてそういう「言語の使い方」は、自らが幼少期に言語を獲得していく過程で経験したことが、割と大きく関わっているのではないかと考える。人間が自分の知的好奇心を自由に羽ばたかせるためには、羽を絶対的に安心できる場所で十分に広げきった経験がないと難しい。羽を広げる機会がなかった子供は、大人になってからでも、羽を広げ、飛ぶことはできるのだろうか。

  • 集団と言語

さて、私が今、夢想している集団とは、言語を、自身の知的好奇心を掘り下げるためのツールとして使用している人々の集まりだ。それぞれは自分の研究対象に興味があり、それを掘り下げていく途中で、他者の研究とリンクする場所が出てきた時に、初めて他者と出会い、助け合うことができる。他者の研究を通じて他者に興味を持つので、その人を叱ったり褒めたりその人に命令することは何一つない。またリンクが終われば、それぞれはそれぞれの研究へと戻っていく。

もちろん、そんなにシンプルな集団が作れるとは思っていないんだけど、こういうのがいいなあ、と一つ、はっきりさせると、それを目標にして自身の言動が統制されていくように思った。

しかし私の羽はまだ、広げる機会がないまま、鍵のなくなった檻の中で折りたたまれてしぼんでいる。自分が羽ばたけないのにそんな集団を夢想するなんて馬鹿げているだろうか。

  • 小川さやか氏

「その日暮らしの人類学」の著者であり人類学者の小川さやか氏をゲストに迎え、勉強会を行った。わたしにとって小川さんとの出会いは、まさしく「研究に夢中になっている人」との出会いであった。彼女は自分の研究に夢中で、彼女の研究と私たちの興味がリンクするところがあれば、目が輝くし、そうでなければ特に興味を示さない。それが気持ちよく行われている方だった。また何かお呼びして、お話を伺いたい方の一人である。

  • 砂連尾理氏

砂連尾さんは、同じ京都で活動していながら、初めてお目にかかった方だった、彼のインタビューをそれぞれ文字起こしして突き合わすという作業を勉強会でやった時に、あれだけ論理的な方なのに、発語のほとんどが「あのーそのーでね?ていうか、まあつまり・・・」といった、意味のない感動詞に言語が支配されていることに、衝撃を受けた。
文字起こしをして、それを他の方と突き合わせて、一晩たって考えてみると、そう言った感動詞を多用することで、彼は断定を避け、笑いを呼びながら会話に揺らぎを発生させているのかもしれないと思い始めた。その実、頭の回転の早い人で、おかしいことをすぐにおかしいと見つけることのできる人なので、そう行った「ただしさの刃」で相手を傷つけないための工夫なのかも。

ちなみに文字起こしをして発見したことは、自分がいかに「人にどう見られるか、思われるかを考えていないタイプ」で「雑」で「取扱説明書を読まないタイプ」であるか、ということだった。それが、私の戯曲にもよく現れている習性だとも思った。「編集したくない」という敬意を持つ割に、思い込みの中で文字を書いている。まず物事をそのまま取り出し、そこに自分なりの解釈を加えていった和田ながらさんのインタビュー記事を読んで、衝撃を受けた。そうそう、そういう風にしたら、読みやすいよね、と思うのに、自分ではできなかった。経験の差もあるとはいえ、これには驚いた。

  • リサーチメンバー

林くん、山本さん、和田さん、西尾さん、堀越さんと私が、最終的に頻繁に顔を合わすメンバーとなったのだが、私は、自分が自分の作業に没頭すればするほど、皆に好感を抱くことに驚いた。彼らは私よりも10ほど年下の若者だが、私よりも知識があり、頭の回転が早い。彼らはそれぞれ自分の興味に夢中であり、お互いの違いを認め、尊重し合う力を持っていた。勉強させてもらうことばかりだった。そういうことが、相手ばかりに注目していた頃より見えてきたのだった。

芸術センターの堀越さんは、これまた一際お若いにもかかわらず、良い感じでタイムキープやまとめをしてくれた。正直言うと京都芸術センターのコーディネーターたちは、仕事量が半端なく、身を粉にして働くオーバーワークな方ばっかりだと感じてたんだけど、彼女は勉強会中にちゃんとご飯を食べれる肝の据わった方で、かつ、物怖じしないので、そういうタイプならここでもやっていけるんじゃないか、としみじみ思った。そういえば私は芸術センターに関わって、もう20年近くになるんだ。

今までで参加した芸術センターの催しの中で、最も楽しく、素晴らしい機会となった。

  • これから

「想像力」は簡単に被害妄想に結びつくし、「思いやり」は強要や押し付け、暴力に発展する。よく言われる「相手の気持ちを考えなさい」という声かけには、今や恐怖を感じるばかりだ。私は相手の気持ちを考えるのが得意だと思ってた。でもそんなの得意になってどうなるんだ?そんな危うい幻想にもたれかかって、公私にわたるパートナーと共倒れした経験が幾度あったことか。

御所で息子が遊んでいる時間。私は彼の安全だけに注意を払い、あとはぼうっとさせてもらう。風が吹いて、真っ赤な落ち葉が舞う。息子が目を丸くして風を見る。この揺らぎの中で、羽がひとりでにふわっと浮いた時、私は自分の羽が閉じ込められている檻に、天井がなかったことに気がつくのかもしれない。

私はこれから、自分の興味を掘り下げていく中で、それを通して他者と出会いたい。私の穴を一緒に掘ってくれる人ではなく、それぞれ掘り下げていった先に出会う大きな穴で、お互いに持っているものを見せ合って、交換したり言葉を交わしたりする。情報交換をしたら、またそれぞれの穴掘りに戻る。
そういう作業を、創作仲間や、息子や、夫として行きたい、と思ったのだった。

それにしても、私がこういうことばかりやってるのを、温かく見守ってくれる夫に感謝だ。

 

内臓語にもぐる旅共同リサーチプロジェクト@京都芸術センター2017年8月〜11月

 

刃更新のお知らせと抱負

またまた極私的な日記を。最近、日記はクローズドで書いていてそれがまたすごく良くて、そうすると表に出すことがほとんどなくなってたんですが、恥も掻かなくなった分、得るものもなくなったように思っています。

というわけで。

最近は、2週間先ぐらいまでのタスクをピックアップし、時生ちゃんが保育所に行っている9時から18時までの限定された時間になんとかそのタスク(台本執筆含め)こなしている毎日です。ああでもこの中に、晩御飯の仕込みと洗濯掃除も入っていますので、実質7時間です。

18時から朝の8時までは、基本的に時生ちゃんを見て、過ごします。「見て」というのは、「見つめて」という意味です。以前は時々アイパッドを見たりもしてましたが、今はもう、完全に見なくなりました。仕事は溜まりますが、仕事の面で何か不安定になることがあっても、時生という場所に行くことで、私がすっきり、元に戻るのです。

これは本当にありがたいことで、面倒を見ているのではなくて、元に戻してもらっている感じです。1歳の時生ちゃんはいずれ、私を抱きしめてくれたり、朝起きた時になでなでしてくれなくなるんだ、という刹那の悲しみも抱えながら、とりあえず会員限定販売のライブのチケット手に入れたみたいな感じで、特別感を味わせていただいております。まだちっさいので怒ることもないし。子供がこんなにすごい影響力を持っているなら、もっと早く産めばよかった、と思ったりもしますが、今だから、こう思えているのかもしれません。

さて、芝居始めてから、2012年ぐらいまでの12年間で、怒ったり泣いたりとんがり尽くした結果、その時一番大事だと思っていたものをなくし、そこから刃を抜かれた狼みたいに、おとなしくなってました。刃がない狼、つまり「犬」のような状態です。

で、犬として、ここ5年ほど、生きてきて、私は残念ながら、今やってるようにニコニコ人に尻尾振るタイプではないな、ということがつくづくわかり始めました。「化けの皮が剥がれた」という表現がぴったりです。

でも同時に、ただ闇雲に噛み付く狼ももう、やだな、と思っている自分がいて、機能の高い刃を持つ尻尾フリフリ犬ってどんな感じかなー、いや、それだとやっぱり怖い、とか、犬の着ぐるみ着た殺人鬼を想像してしまってぞぞっとして、でも、パンダみたいに見かけは可愛いけど実は猛獣、というのもまたちょっと違うし(なんせそれやと近寄れへんし)、ライオンもゴリラも怖いし、ウサギは可愛いしカマキリは臆病だし、で

良い生きものがあったら、また書きます。

でも、こういうの若い頃からできてる人ほんと尊敬するんだけど、ちゃんと刃があって、それでいて、いつもニコニコしてるってこと。ある程度近づいても大丈夫で、でも物事の真偽はしっかりと見極め、己がいかにマイノリティであるかを知る人。こういう人にトランスフォームしたいなって思ってる自分が最近います。

もちろん刃がなかった頃の私も割と良かったと思っていて、信念とかグラッグラだったけど、夫とも出会え、子も生まれ、何より最初の12年間の時と今とでは付き合う人は全く変わっているわけで、それはやっぱり、刃がなかった頃を経てのことで。

ただ、刃がなかった時期に仲良くなった方々の8割は、今、離れていってるという現状も踏まえつつ、でも、よかったと思ってます。

以前の刃は人を傷つけるための刃だったけど、新しく手に入れた刃は人を救うための刃なんです。

という良いセリフは、私の脚本には絶対出てきません。

で、ですよ、こういう、自分の内面ばっかりに興味があるような状態だと、ずっと、私小説的な芝居打つしかないんだろうなーとか思っていたんですが、まあ、そんなに激しく人を傷つけることもだいぶ減ったし、その分、それが創作に転換できるようになってきたので、これからの自分の創作がやっぱり、楽しみなんですよ!

誰かをまっすぐ助けられるほど、まだ力はないけど、フィクションの世界を立ち上げることで、誰かが癒される、というサイクルを生み出したい。そこの力が十分でないままに、自分の能力を切り売りすることには、まだまだ没頭できない、ということがこの5年でよくわかりました。

会社を経営することになり、会計士さんにアドバイスいただく中で、そういう思いがより、強くなってきました。

もちろん以前から目指してはいたんですよ。他者に送り届けること。エンタメ系の方達とは、逆回りでそこを目指しているんだ、という自負については、それこそ20年前からあります。でも、今、より明確に、「創作」ということが、私の武器なのだ、と今、思ってます。

よかった。ここまで書けた。

でも、自分で運転しない人には興味ありません。誰かを車に乗せるのではなく、すでに自分で運転している人と協力しながら、大きな絵を描いていけたら良いなあと思っています。

 

 

合同会社stamp設立のご報告

この度、合同会社stamp(スタンプ)を立ち上げましたことを、ここにご報告いたします。

stampの由来は、

「safari・P」のSとP

「toriko・A」のTとA

そしてmoderation(中庸)

です。

基本的には、山口茜の劇作、演出作品を上演するトリコ・Aと、固定のメンバーで創作することを目的とするサファリ・Pの演劇上演を活動の主軸としています。

ただ、舞台芸術の表現としてはどうしても偏ったものになるので、人の集まる会社としては、中庸でありたいと思い、moderationを入れました。

もちろんstampの元の意味、足を踏み鳴らす、深く刻み込ませる、切手、という意味も込めています。stampから皆さんに何かが届きますように。そしてまた、皆さんからのレスポンスをしっかりと受け止めることのできる団体となるように精進いたします。

これからもどうぞ、皆様、よろしくお願い申し上げます!

散漫とダンス初稿

私には集中力がありません。台本を書いている時も、いろんなことをします。いろんなことを考えます。行ったり来たりしながら、少しずつ、少しずつ、文字を増やしたり削ったりしています。

若い頃は、何かを突き詰めて、我を忘れて集中することができないことをずっと悩んでいました。それができる人に憧れ、ずっとそうなりたいと思ってきました。

集中するために、早起きしたり、夜中まで起きてみたり、ヨガをしたり走ってみたり筋トレしたりストレッチしたり、ツボを押してから白湯を飲んだり一人でパスタを湯がいて村上春樹になりきったりしていました。ビタミン類の摂取も、玄米菜食にも断食にもチャレンジしました。痩せたいのと集中したいのを混同しまくりながら頑張ってました。

でも本当に、全然効果なし、でした。というよりむしろ「悪化」していました。というのは「環境が整っていないから」という理由で作業に入らない私がいたからです。そんな私をいつも「集中するためでありますので」と、私の中の小さな執事がたしなめてくれていましたが、台本が書けていないという事実を目の前にするといつもコソコソどこかに隠れて行くのもその執事でした(この話は今作りました)。

でも、最近、1歳児を育てながら「私の家族」を書くことになって、色々諦めがつくようになりました。なぜなら1日の大半を、息子との時間に費やすからです。1歳児という大自然はすごいです。絶対にパソコンなんか開けません。さらに彼が寝てからの時間も、最近使えなくなってきました。うちの息子は、私が隣に寝ていないと30分おきぐらいに泣くのです。寝ているのにいないことに気がつくんです!大自然ってすごいわね!

というわけで現在は、日中の、保育所が空いているありがた〜いお時間の間に、私は集中できないまま台本を開き、いろんなことを同時に行いながら、少しずつ、少しずつ、エンジンをふかしていきます。エンジンがかかりまへんなーと言いながら、それでも台本を開いて、そのことを考え始めるしかないというわけです。

皮肉なことに、いつもだいたい次の予定の30分前にエンジンがかかります。そうなってからでは時すでに遅しなのですが、未練がましくパソコンにへばりつき、息子の夕食の準備が遅れたりしています。厄介な母親です。

でも、私は24時間あってもせいぜい四百字しか書けません、と割り切ると色々わかることが出てきます。2ヶ月半ぐらいあれば3万字書けるな、とか。普通の掛け算ですが。

とはいえ17時になったら保育園にお迎えに行く、というミッションが週6回必ずあるために、最近逆にエンジンがかかりやすくなったかもしれません。時間は無限にないのだ、という事実に気がつくことが、私にとって特効薬だったのかもしれません。

憧れの集中さんとは結ばれませんでしたが、私のことが大好きな散漫さんと、今はすごく素敵な毎日を送っております。散漫最高!「散漫とダンス」っていう本書こう、いつか!

 

アトリエ劇研と時差

今日はアトリエ劇研最後の日。私は夕方からじうのご飯と夫のご飯をそれぞれ作り、じうのご飯はお弁当にして保育所へ向かった。じうは私を見て、手を叩いて喜んだ。私たちは自転車に乗り込み、40分ほどかけてアトリエ劇研へ向かった。

道中、豆乳ととうもろこしと一口ハンバーグを食べながらじうは初めての長丁場のサイクリングに挑んだ。サイクリングには最高の季節になりました。

劇研に少しだけ顔を出したんだけど、2週間前の最後の公演の際に散々遊んだ場所だったせいか、私と離れてもビクともせず、じうは劇研を歩き回った。私のことも、声をかけてくれたいろんな人のことも、目に入らず、その場所がその日で最後であることも知らない彼は、何度もこけ、劇場の扉をこじ開け、自動販売機をバンバン叩いていた。

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その後じうを夫の職場まで連れて行き、夫にじうを預け、そこから単身三条商店街へ向かった。観たのは時差『隣り』@green&garden。劇研制作だった長澤くんが代表を務めている。

帰ってから読んだパンフレットに「この映画がもし、これ見よがしな悲劇によって皆さんを楽しませようとしたのであれば、私たちに苦情をお願いします」と書いてあった。その通り、泣けるところなんぞ一切なかった(泣くつもりもなかったが)。むしろ集中しないでね、と言わんばかりの手ぶれ感満載の、でも時折マジで笑ってしまうシーンありの、そしてちゃんと私の感じた違和感を回収してくれる映画になっていた。

回収してくれることが私にとってどういうことかと聞かれたら、それはやはりカタルシスであったように思う。要するに映画の中に出てくる、統合失調症による「幻聴」や親族による病人への「感動的なセリフ」は、一瞬、ガリガリ君にクリームシチュー味が出た時のような、いやもっとだな、キシリトールガムにおでん味が出てしまった時のような違和感を感じさせるのだが、それはこの主人公である統合失調症の桜ちゃんが、元演劇部であることと関係している。つまり友達や家族に「セリフを言ってもらっていた」ことが後々分かるのである。彼女は高校生の時演劇部で、今でも演劇がやりたいと思っているらしい。そして「ノブ子に愛を」というタイトルで脚本・演出を担当し、友人と映画を撮った。その「セリフ」なのである。

ちなみにこの映画は城間典子さんという方が編集をしていて、これは彼女が仕掛けたものなんだと思う。桜ちゃんは統合失調症という病を抱えているからこそ、演劇という行為で自分を癒そうとしている、そういった割と手垢のついたメッセージまで内包している仕掛けだった割に、なんだかフレッシュで、気持ちが良かったのは、おそらく、桜ちゃんが脚本・監督をした作品を、城間さんが編集したからなんだと思う。

パンフレットを読まずに映画が始まった瞬間から、「統合失調症をテーマにされると妙に冷静になってしまうわ」という自分と「精神病って覗き見したくなるよね」という自分を発見していたのだが、それはやはり私自身が、20代を精神的に非常に辛い状態で過ごしたせいであり、やはり40歳の今、それを乗り越えてしまったというのか、忘れてしまったというか、つまりそういった「精神的な問題」から距離ができてしまったせいだろう。だからもし、ただ、統合失調症の女の子の1日を、下手な演技で見せられてたりしようもんなら、多分、退屈していたと思う。いや、退屈というより、知ったかぶりな自分が楽しむことを邪魔していたと思う。でも見終わった後、そんな知ったかぶりはする必要がなかったし、もっとおかしくなってる瞬間を見たかった、とか、幻聴の内容を詳しく教えてほしいという感情も生まれてこなかった。

主人公の桜ちゃんの顔に中毒性があるのである。最後に出てきたときなんか、全然普通じゃないように見えるその顔が、とても綺麗で目が離せない。時々、静止画を見せられて延々と会話だけを聞かされるシーンが幾つか挿入されていて、「待て」の状態が続くので、その後に桜ちゃんが出てきて喋ってくれると、砂漠の中で水をもらったような状態とでも言おうか、とにかく桜ちゃんの動く顔に夢中になってしまうのである。やらしい仕掛けだと思った。まんまと乗せられてたけど。

ていうか、今でも桜ちゃんにちょっと、会いたくなっているぐらいだ。うーん、顔が魅力的だったと書いたけど、結局彼女の言動の中に何か惹かれるものがあったんだろう。

手相占いのおばさんが「28歳までに資格を取れ」って言ってたのがツボだった。桜ちゃんの「演劇」という言葉を聞き取れてなかったのもよかった。20代の頃に幾度かネズミ講やエステや宗教に勧誘されたことを思い出した。私は喧嘩を売って撃退してたけどね。桜ちゃんのような素直さや優しさはなかった。

帰宅したらじうは寝ていて、夫がご飯を食べていた。劇研のことをもっと書こうと思っていたんだけど、ほとんど時差の話になってしまった。

結局、劇研がなくなること、まだ実感がわかないままだからだと思う。またいつか、あのあたりを偶然通った時に、そこにあったはずの劇研がなくなっているのを目にした時に、何かこみ上げる日が来るのだろうか。とにかく今は、こんなにもお世話になったのに、何も感じない。ただあの場所を作ってくださった波多野茂彌さんと、あそこで出会った全ての方に、感謝している。特にディレクターを務めた田辺剛さんとあごうさとしさんには、感謝の思いしかない。ありがとうございました。おつかれさまでした。

 

 

トリコ・A次回公演は9月1日に!

9月になりましたら、トリコ・Aの新作公演のご案内をいたします。しばしお待ちくださいませ。

いよいよ8月も終わりにさしかかり、虫の音が聞こえてくるようになりました。朝晩、少々冷えますね。皆様、季節の変わり目お体ご自愛ください。

新劇場設立のためのクラウドファンディングについて

ツイッターで「新劇場設立のために、若い演劇人から搾取している」とか「面白い演劇やってたら勝手に篤志家が寄付してくれるやろ、なんで自分らでお金出し合ってるのかわからない」とかそういう意見を読んで、ついつい、喰ってかかってしまって、冷静なフリしてしつこくしつこく問いかけてしまい、

朝5時に息子に可愛い笑顔で起こされ、
「またやってしまった」
と激しく後悔してます。

世の中の人、最初はみんな、こんな可愛い赤ちゃんなんやなあ。
愛おしいです。

でも言ってることはやっぱりおかしい。
「搾取」?クラウドファンディングは搾取なのか!?
「面白い演劇やってたら寄付される」それは、「本当に美しければスカウトされる」というようなやつですか?「待っていれば白馬の王子様は現れますか?」

あかん、また熱くなる。すいません。
ツイッターで良かったです。ツイッターやと声の調子が伝わらないから。録音もされないし。

さて、そんな私ですが、新劇場が設立されたらオープニングイベントでこけら落とし公演をさせてもらえるような約束は、していませんし、そんな期待もしていません。

私がなんでこんなに熱くなるかというと、一番に思い当たる節は、

私が、3年間、アソシエイトアーティストとして劇研で公演させてもらってきたから。

です。

東京や大阪でまともに劇場借りてお芝居しようと思ったら、劇場費だけで数十万円かかります。
劇研は、私たちに、その5分の1ぐらいのお値段で、劇場を貸してくれました。その上広報を手伝ってくださいました。お客さんまで呼んでくれたのです。

それがどれだけ稀有なことか。

だから私は、応援したいと思いました。
すでに多くをいただいたので、それをお返しするような気持ちです。
でもこれは、誰かに強要するものではありません。
私はこういう理由で寄付がしたいけれど、ご飯を食べるお金もないような若い演劇人に、「払えよ!」なんて、全く思いません。ねえ、思うわけないやん、だって、持ってないんやろ?

払えへんやん。

私もずっとそうやったし、、ああ、誰かを助けたいのに、私がまず、持ってない、と何度も自分を責めてきたものです。誰かを助けるには、まず自分が豊かでなくてはいけないんだ、と反省しながら、それでも演劇をやり続けてきました。

だから、気持ち悪い話ですけど、最近「お金ない」とつぶやいている人を見ると「うちに来てご飯を食べて欲しい」と毎回マジで思ってしまいます。気持ちわるがられるのが怖いので、言いませんが。

私の枯渇しない母性は、ほんまに、自分でも気持ち悪いし厄介です。
それはさておき、

何か協力したいのに、今お金がないからできない、というジレンマはわかるけど、それを「搾取している」と言ってしまうのは、あまりにも、あまりにも、このプロジェクトの真意を理解していないと言えるでしょう。

このプロジェクトの真意はなにか。

その前に小話。私は昔、上の弟の結婚式に招待された際、嬉しすぎて我慢できなくなり、どうしてもある程度のお祝いをしたいと思いつきました。

私と弟二人は、とても貧乏な家で育ちました。お小遣いなどもらったこともなかったし、一人部屋なんてなかったし、布団の下にはカビが生えていたし、弁当はいつも真っ白だったので、母の強烈な愛だけを栄養に、私たちはなんとか、大きくなりました。という苦労を共にしておりましたので、弟が結婚するとなった時、私は、10万円を包みたい!と思ったのです。このあふれんばかりの祝福の気持ちは、お金に変えられる!そう思いました。

それで、すでに6時から17時までバイトをしていたのですが、そこにさらにバイトを一個追加してほとんど寝ずに働き、そのバイト代2ヶ月分ぐらいを全てお祝い金に変えました。

もちろん、ツケはしっかり回ってきて、バイト中何度も寝てしまい、同僚に告げ口され偉い人に呼び出されて、「寝るならやめてもらいます」と言われたことは今でも忘れられません(当たり前)。でもその時に私、弟に

「弟よ、このタイミングで結婚式をするなんて、貧乏な私から搾取する気ですか」

とは一ミリも思いませんでした(当たり前)。

別に、寄付したいんならバイト増せよ、と言っているわけではありませんので勘違いしないでね。ただ、「お金がないから寄付できない」というロジックは破綻していますよ、ということです。寄付したいと本当に思ったらバイトでもなんでもして、寄付できます。お金がないから寄付できない!搾取するな!と怒ったあなた。あなたは、今、お金がないことに、疲れています。精神的に参っているのです。わかります、お金がないと参るから。余裕もなくなるし。だから休んでください。マジで。キモいけど、よかったらうちにご飯食べに来てください。そしてパンを買うお金125円を80日貯めたら、1万円寄付できますから。

さて、あごうさんが、石油王で、劇場を作るからお前ら金出せ、と、黒い眼鏡と黒スーツの男たちにカゴを持って一劇団ずつ回らせたら、私も「搾取や」と感じます。でも、彼もまた、自分の公演の計画をする時には、おそらく予算の少なさに苦しみながら、1公演ずつなんとか終えていく、立場であることを、知ってください(たぶんやけど)

そして、そんな状況でも、この「劇場が全くない」という状況を変えようと、自ら立ち上がったのです。そのことを、まず、理解してほしい。私はあごうさんの妻でも、あごうさんの親友でも、あごうさんの手下でもありませんし、あごうさんもまた、こんな妻は嫌だろうと思うのでたとえ話をしただけでもいたたまれなくてたまりませんが、それはさて置き、私は単に、彼と同じ世代の京都で演劇をするものとして、予測でものを言っております。(ですので違ってたら謝ります)

だからこそ、彼の心意気に感動したからこそ、この、劇場が全くない、という状況を変えようと立ち上がった彼、彼らに対し、「面白くない芝居をやり続けてきたせいだ」と思っている人がいたことに、愕然としました。

あんた、もっかい聞くけどこのプロジェクトの真意、理解してる?

てか、面白い演劇て何?

あーおっきい声出すと疲れるわ。

さて、面白くない芝居を誰かが見た→もう劇場なんか絶対行かへん、とその人は思った→そういうお客さんがたくさんいて、小劇場にお客さんが集まらなくなる→と→劇場が潰れる、わけではありません

このロジックもベロベロに破綻してます。

小劇場にお客さんが集まらないから劇場が潰れる、ということは、ありえません。だって、お客さんが集まらなくても、やりたい人がいれば、その人たちは劇場にお金を払って、演劇を続けていくからです。実際、客席穴だらけでお芝居されたことある方も、いらっしゃるんじゃないかと思います。劇場は、お客が入る入らないに関わらず、劇場費払ってくれたらやらせてくれるというのが、一般的です。もちろんお客さんが入らなくて毎回ノルマが厳しくやめていく人も多いでしょう。それでも、やりたい人は毎年現れます。そういう人がいる限り劇場はつぶれません(ちなみにこれとは別に、お客さんが入る劇団だけを呼ぶ劇場もあるし、実際に客席がバカみたいに広くて現実問題お客が入らないとできない劇場もありますがこれらはまた横に置いておきます)

では、今、劇場が閉鎖される理由は何か、というと、「お客さんが集まらないような芝居ばかりしているような劇場は要らない」と多くの人に思われている、ということがあげられます。

「費用対効果」が一見、薄いように見えるのが、芸術の哀しいところです。政府が芸術や教育に比較的お金を割かないのは、当然、費用対効果が薄いからです。それで、もっと客の喜ぶものを見せないとあかんわ、と言われたり、思われたりしている、という現状があります(教育界では、もっと学生の喜ぶ授業を、とかいう恐ろしいことになっているそうですが、これもまた横に置きます)。

そういう風に思われている、ということについて、その印象を覆すために、確かに、劇場は動かなくてはならないのが現状です(本当は政府がやってくれたら一番いいんだけどね)

で、例えば、東京に、こまばアゴラ劇場という、とても私たちにとってはありがたい劇場があります。あの劇場も、劇研と同じように、手厚い待遇で私たちにお芝居をさせてくれますが、あの劇場のラインナップ剪定の基準は、将来にわたって支援会員が増えていくかどうか。

劇場のラインナップについて

しかし芸術監督の平田さんは、支援会員が増えていくようなものを選ぶ、と言いながら、その実、あらゆる多様なものを揃えます、と書かれています。その中には人気の高いものもあるし、それ以外のものもある。そうなのです。いろいろ観れること、を重視されておられます。その中には、今の段階では、お客さんがあまり寄りつかないようなものもあるかもしれない。でも、それはもしかしたら、将来的にものすごく重要な表現かもしれない可能性を「摘まない」で「育てる」つもりで、あの事業をされておられると、私は感じています。

京都にできる劇場も、おそらく、そういう面は真似ていくことでしょう(知りませんが)。しかし今の所そういうやり方でしか、お客さんが増え、同時に才能の芽も育てることができる、という、引き裂かれた状況を、生き抜くことは不可能のように思えます。

新劇場は、才能の芽を摘まないために、設立されます。断言します。その芽を持っているのは自分かもしれない、と考えてみてください。そう思うだけで良いのです。あとは設立を夢見てワクワクしながら日々の創作に励めば良いのです。誰も搾取していません。むしろ、水と肥料を他人が用意しようと言ってくれているんです。それがこのプロジェクトの真意の一つだと、私は思っています。

さて、最後に、何を持って「面白い」とするか、という本題から逸れた件ですが、私にもわかりません。

ただ、最近、面白い記事を見つけました。”京都の名店が語る良いコーヒー”という、SOU・SOUのウェブに乗っていた記事です。そう、あのアトリエ劇研の近くにある珈琲屋さん、ヴェルディの紹介記事です。

「美味しい、美味しくないは個人の嗜好によるものなので、著しく劣化した珈琲でも、それを美味しいと思う人の個人的嗜好は否定できません。しかし、食べ物・飲み物には、個人の嗜好以前に、『良いもの』と『良くないもの』があるのです。〈続木義也〉」

この後の、豆の選別の記事が、本当に、面白かったです。これを「演劇」に置き換えたら、どうなるでしょう。

「面白い、面白くないは個人の嗜好によるものなので、例えば著しく品のない芝居でも、それを面白いと思う人の個人的嗜好は否定できません。しかし、演劇には、個人の嗜好以前に、『良いもの』と『良くないもの』があるのです」

うーん、なんか、差別的かなあ。あんまりですかね?私がこれを読んだら、「何よ、誰が良い悪いって決めんのよ」って思うかも。でも、ぜひそのあとの、良い品質の生豆、ハンドピック、良い焙炒、新鮮さの記事を読んでください。こちら

この続木氏の、緻密な作業、思想のある一貫した態度、こだわり、しつこさ。

これをやって初めて、「摘まない」芽としてみてもらえる。面白いか、面白くないか、という土俵に上がることができる。この過程を経ていない豆は、俳優は、劇作家は演出家は、あらゆる演劇の分野における人々は、その「芽」であるとは気がついてもらえないのでしょう。

あとね、その「芽」は発芽しないかもしれません。発芽しないかもしれないものを、「摘まない」っていう勇気。その勇気のことを、想像してほしい。

***

正直言って、演劇に何の関わりもない方が「何やってんだ、自分たちでお金出し合って劇場とか、バカみたい」と言ったって、私は、何も言いません。その人は確かに、恩恵を受けないかもしれないし、その人がそう思ったってある意味、仕方がないかもな、とも思います。

でも、自分が、「芽」である可能性がある人。

その「あなた」を摘まないための環境づくりに、過去には同じように一つの「芽」だったあごうさんが、立ち上がったのです。同じ「芽」同士、協力しませんか。それは別に、お金でなくてもいいんですよ。

ということが、私は、言いたい。言いたいだけなのに、こんなに書いてしまいました。

長かったわ。ほんまに、この文章にクラウドファンディングしてほしいわ。ゼーゼーゼー

喫茶店とつぐむ

八尾プリズムホールへの「つぐむ」という本を書きました。まだ第一稿なので荒いのですが、書いた後の感じと、

あと、先日「私の家族」の戯曲執筆のためのミーティングwith山納さんを開催させていただいて、思うところがいっぱいあったので、

その両方からの徒然を。

私は台本を書くとき、ある程度の速度を持って書かないと掴めない、というような感じを持っていて、その速度を落とさないように一気に書いてしまう。ただ、この20年で物事を少しずつ論理的に考えられるようになって、その分、速度を落とすようになった。

でも、今回はその速度が、まだまだ早いような気がした。

そして、書いている時、手触りを死守しようとするとどうしても、フィクションに行けなかったんだけど、もしかすると速度を落とせば行けるのかも、と感じた。

急に村上春樹の「壁抜け」を思い出した。15年ほど前だろうか。春樹さんのすべての著書を読んだ後に、「壁抜け」を分かったつもりになっていた。でも、今に成って、まだ、実感があるわけではないのだけど、「壁抜け」とはそういうことかもしれない、と思い始めている。全然違うかもしれない。

春樹さんは、走るぐらいの速度がちょうどいい、というけれど、そこはまだ、私にはわからない。憧れて何度、走ったことか。その度に、挫折している。井戸の底に座ったことはない。当たり前か。(ちなみに中身は絶対に真似できないので、私はただの、村上春樹ファンなのですが)

戯曲で、手触りのあるものを書く、ということを死守しながら、しかし、現実では起こりえない(と思っていること)にアクセスしてみたい。

「私の家族」で、それをしたいと思った。

先日ふと、自分の感情の論理性のなさが、急に「見えた」。その時に、私、前より論理的思考が鍛えられたかも、と思った。そしてこれが執筆に生かせるような気がした。

戯曲の構成は非常に重要だ。構成こそが命かもしれない。
そして構成には、論理的な思考が必要だ。
しかし、感情とは、破綻しているものだ。
全く、論理的でない。
だからそこに論理を持ち込んではいけない。
戯曲とは、論理的に組まれた構成という骨組みの上に、この破綻した感情を立ち上げるということなんだろう。引き裂かれている。

閑話休題。

財産没収の稽古をしていると、この戯曲が、壁抜けの可能性を孕みながら、その実「絵画的」になっていることを感じる。「欲望という名の電車」や「ガラスの動物園」では明らかに抜けていた壁が、「財産没収」では歴然と立ちはだかっている。短編なので当然といえば当然なのだが、それを、サファリでは、「演出で壁抜けする」というようなことをしていると思った。

「演出で壁抜けする」

チラシに書いてしまいたいほどのキャッチフレーズだが、壁抜けって、たぶん春樹ファンないとわからないので書けない。

ずっとハッタリに支えられたプライドで生きてきたんだな、と最近つくづく思う。

少しずつハッタリを手放していけている感じがする。

固結び

本当はこうしたいのに、そうならない理由は何か。

そういうことを知ろうと思ったら、
まずは自分の中にある、知らぬ間に固結びされた糸を解きほぐす必要がある。

そうかそうか、これか、と思って解こうとしても思った以上に固くて、最初はまるで、真っ暗な井戸の中に放り込まれたような気持ちにさえなるかもしれない。

だめだ、明るいところに逃げ出したい。空気が薄い。寂しい。と感じる。

だけどそこはふんばって、何としてでも解いていく必要がある。

一生懸命糸をほぐしていくと、自分の無意識を育てた人に対して猛烈に怒りがこみ上げてくることもあるし、失ったものを、こうすれば失わずに済んだのか、と知ることができることもあって、

いろんな感情が浮かび上がってくるけど、その都度、それを表へは出さずにまず見つめて、分析して、紐解いていく。(時々表へ出して一戦交えてくることもある)

なんとか踏ん張って、解けたとき、はっと気がつく。

やりたいことが、形になっている。
やりたい人と、組んでいる。
プロセスを楽しむことができるようになっている。

それができるようになると、自信が手に入って、
自信が手に入ると、自分を好きであるということと、自分の行動を批判するということが共存することもままある、ということが受け入れられるようになる。

自分への絶対的信頼感と愛を損なわずして、自分の行動を厳しくチェックできるようになってくると、それを他者への反映できるようになる。

確かに、教育の本には、6歳までの子育てが、その子の人生のすべてを決めると書いてある。
だけど何歳になってもやり直せる。
てか、そうじゃないと、生きていけない。

私はこれからも、ほつれている部分を探しては、それをほぐす作業を繰り返していく。

こんな抽象的な説明で、何がわかるというのか、と書いてから思ったけど、ほんま、最近、こんな感じで生きています。

怒る

あの、財産没収の稽古場日誌が、とてもストイックなものになりそうなので、私の日記を別途、挟みこんでいきたいと思います。

私の日記は、ただの徒然、私の頭に浮かんでは消えていったことを書きとめるだけのものです。ストイックを中和させるものに、果たしてなれるのかどうか。

今日は「怒る」について書きます。

私はずーっと、オコリンボでした。

「でした」って書くということは、今は違うの?と思いますが残念ながら今も、オコリンボです。私の夫なんかは、びっくりするぐらい「ヤサシンボ」なので、私が怒り出すと、最近なんかはその怒りが静まる行動を粛々をとってくれます。私も、自分が感情に振り回されていることをなんとか俯瞰して見れるようになってきたので、なんというか、私達夫婦、力を合わせて私の「怒り」を鎮める、という、不思議な状態になっています。

ただ、家族以外の人に対しては、オコリンボになることを、私はここ数年、やめていました。やめていたというか、結果、抑え込んでいた、ということなります。やっぱり、感情に振り回されると、人間関係がうまくいかないからです。単純な論理です。

でも間違えて、ただただ、ズブズブに優しい人、になってしまっていたような感じもあります。ここ数年では一つだけ、とても許せないことが起きた時は爆発してしまいましたが、それ以外ではおそらく、ほとんど、誰にも怒らなかったんじゃないでしょうか。

そんなことができたのは、とても大事な人を失ったからです、それを、私のオコリンボのせいだ、と思っていたからです。

でもね、

そうやってニコニコ、「いいよいいよ」「なんでも受け入れるよ」とやってきた結果、

どうも私、自分の何かを抑え込んでいるような感覚に襲われるようになりました。ニコニコし始めた当初は、「こりゃええわ!」「気持ちええわ!」「私めっちゃ性格良い人!」と思ったものですが・・・最近は、どうも、やりすぎている、やりすぎて、自分の芯までなくなっているような感じ。

私自身が、甘い人間になってる感じ。
私、甘えた人間が、大嫌いなのに!⇦怒っている

私ってやっぱり、「怒り」が原動力なんです。
それは、良いとか悪いとかじゃく、そうだ。

ということをふと、思ったりして。

怒りは、悪いことじゃないんだ。
だって、勝手に沸き起こる感情だもの。
そこを否定するってことは、私を否定することになるんだと、ようやく気がつき、

抑え込まずに観察して、行動に対して論理的に批判できるように、なるべきだと、気がつきました。

それは同時に、自分の行動のチェックにもなります。
私の他者に対する批判的な言葉は、そのまま自分に突き刺さるからです。

そうそう、一番しんどかったのは、ニコニコ他者を甘えさせることで、私が、自分にも甘くなっていたことでした。この辺の塩梅って難しいな。

厳しすぎても、甘すぎても、立ち行かないものね。
だってな、お互いに許しあうだけでだらだら生きてて、勝手に天井から肉や野菜や果実が落ちてくるならええよ?でも、やっぱり、誰かがピリッと立ち上がって、人と折衝しながら、自分の食い扶持だけは確保しなあかんわけですから。

このまま、甘えたのままでは、それが無理やと思ったんです。

ちなみにこういう流れは、ある日を境に急にそうなったのではなく、ここ1年ぐらいのことです。1年かけて、ゆっくり、そういう風になってきました。

先日、シニア演劇大会に参加してきたのですが、そこで私、久しぶりに他者に怒りました。これが、演劇で言えばオコリンボ再結成後の第一回公演という感じになりました。

とてもとても怒りました。行動に対して。その行動が何を引き起こしたか(具体的にはうちの団体が迷惑を被った)を伝えて、怒りました。でも、暖簾に腕押し、全く響きませんでした。

ここで私が感情的だった場合、思いが届かないことにジレンマを抱き、さらに怒りを増幅させていたと思います。でも、実は全然感情的ではなかったので、届かないことは織り込み済みでした。

後から「あの人全然反省してなかったよー」とたくさんの人に聞きましたが、怒鳴られて、即座に反省する人はあまりいません。その場をしのぐための謝罪の言葉を発するのが精一杯なんだと思います。反省は、おそらくこの先に、私とは関わりのないどこかで、せざるをえない日が彼にやってきます。だって、1時間以内の作品を作れって言われて、全部のスケジュール表まで配られてるのに、45分もオーバーしてきたんだから。その感覚で生きてたら、どこかで頭打たないわけがない。

ただ、彼の頭を打つのは私ではない。

あの時私に怒る必要があったのは、私自身が、改めて、「ルールを守ることが、他者を守ることになる」という事実を自分に突きつける必要があったからだと思います。

あとは、私が、恍惚一座のメンバーの声を代弁する必要もありました。
あそこで変に穏便に済ませたら、誰の怒りも鎮まらないからです。

怒りは、相手を反省させるツールとしてはとても弱いと改めて思いました。
それでも、私はオコリンボを再結成できて、よかったと思いました。

怒りたくても怒れない人もいるし、泣いちゃう人もいるし、穏便にしか済ませられない人もいるから、そういう時は私が怒ればいいと思ったし、怒ることで、私は私をピリッとさせていくのです。

にしても、くだんの彼、その後、女性の楽屋に入ってきて、ずーっと居座っていたそうです。公共の場所も、男性用の楽屋もあるのにですよ。なぜ、女性楽屋に、入り浸ったのか・・・。我らが恍惚一座のメンバーは、衣装の着替えが大変だったそうで、そのデリカシーの無さに呆れました。ありえんわ。