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「私の家族」チラシ入稿を終えて。

「私の家族」プレ稽古が来週に迫ってきた。しかしなんでこんな思いをしなくてはならないんだろう、というぐらい辛い本を参考文献として読み、辛い辛いもう無理だと思いながら、それでも村上春樹さながらジェットコースターのように読んでしまった。

もしじうを産んでからこのことについて考えていたら、企画しなかったと思う。あいにくこの事件に興味を持ったのは、じうちゃん、影も形もなかったときのことで、まさか子を産んで、自分がこんなにビビリになるとは想像もしていなかった。でも企画したからにはやりたいし、興味が減ったわけではない、ただ怯える能力が高くなっただけのこと。

関連して、ミルグラム実験やスタンフォード監獄実験についての本も読んだ。こちらはしんどいながらも実験なので、割と面白く読めた。状況の力というのがいかに侮れないか。自分だっていつでも巻き込まれてしまうこと。知っておいて良かったように思う。自分が加害者なのか被害者なのかはさておき。

チラシが入稿できて、ここまではなんとか制作的にも順調です。本当は私以外の、ものすごーく制作に興味のある人と、相談しながら進めたい。でも今、トリコ・Aの制作に日本で一番興味があるのは、私なんだよな。良くも悪くも。

嫌いじゃないのでいいんだけど、稽古が始まったら絶対に仕事が抜けてくる。「このカンパニーの制作したいです!」という人が観てくれて気に入ってくれる芝居になりますように。強烈に祈る。

「私の家族」台本作成中

言葉にできないことを簡単に言葉でまとめてしまってそれで自分も相手も納得させようとすること。それが一つ、人間関係を息詰まらせる問題点だな、と、この台本作っていて思います。

春ぐらいから少しずつ言葉にし始めて、山納さんと月1回お会いさせていただき、いろんなことを話したり本の紹介をしてもらいながら、やっぱり本腰入れてやり始めることができたのは、「財産没収」が終わってからでした。やればやるほど奥が深く、時間がかかる作業だなと思います。台本を作ると言っても何をしているのか具体的に言い表すのが難しいのですが、私が今、捉えたいと思っている世界のことを、とにかく文字にして訂正して文字にして、という感じです。まだセリフは一文字もありませんが、ノートがどんどん、埋まっていく状態です。

なぜかこの段階になって、新たな3冊の本に出会ってしまいました。これを今から読みたいのですが、もう、時間がちっともありません。でもそれが大きく台本に関わってくるようにも思えてとりあえず購入しました。

とはいえ今、おかげさまでこの公演に割く時間があるので、チケット予約のことを考えたり、チラシのことを考えたり、以前は制作さんに丸投げしていたようなことを一つ一つやっていくと、なんというのでしょうか、今まで考えてなくて落としてた穴みたいなものを、今一緒にやってくださっているスタッフさんたちが知らぬ間に埋めてくださってたんだなあーとしみじみ思います。ありがたや。まずはこうやって自分が一つ一つ丁寧にやれてから、人に振るべきなんやなーとか。

10月中旬に東京で始めてメンバー揃って稽古です。その時までにできる限りのテキストを、と思っております。楽しみです。

音楽、大橋トリオさんという方にはまっております。羊毛とおはなさんも。そして、まさかの、明日から私が脚本、演出を担当するシニア劇団恍惚一座「ハウスホールド」小屋入り、一方神奈川芸術劇場ではデラシネラ「信号がない!」も。こちらはテキスト協力させていただいております。皆様是非。

 

 

アトリエ劇研と時差

今日はアトリエ劇研最後の日。私は夕方からじうのご飯と夫のご飯をそれぞれ作り、じうのご飯はお弁当にして保育所へ向かった。じうは私を見て、手を叩いて喜んだ。私たちは自転車に乗り込み、40分ほどかけてアトリエ劇研へ向かった。

道中、豆乳ととうもろこしと一口ハンバーグを食べながらじうは初めての長丁場のサイクリングに挑んだ。サイクリングには最高の季節になりました。

劇研に少しだけ顔を出したんだけど、2週間前の最後の公演の際に散々遊んだ場所だったせいか、私と離れてもビクともせず、じうは劇研を歩き回った。私のことも、声をかけてくれたいろんな人のことも、目に入らず、その場所がその日で最後であることも知らない彼は、何度もこけ、劇場の扉をこじ開け、自動販売機をバンバン叩いていた。

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その後じうを夫の職場まで連れて行き、夫にじうを預け、そこから単身三条商店街へ向かった。観たのは時差『隣り』@green&garden。劇研制作だった長澤くんが代表を務めている。

帰ってから読んだパンフレットに「この映画がもし、これ見よがしな悲劇によって皆さんを楽しませようとしたのであれば、私たちに苦情をお願いします」と書いてあった。その通り、泣けるところなんぞ一切なかった(泣くつもりもなかったが)。むしろ集中しないでね、と言わんばかりの手ぶれ感満載の、でも時折マジで笑ってしまうシーンありの、そしてちゃんと私の感じた違和感を回収してくれる映画になっていた。

回収してくれることが私にとってどういうことかと聞かれたら、それはやはりカタルシスであったように思う。要するに映画の中に出てくる、統合失調症による「幻聴」や親族による病人への「感動的なセリフ」は、一瞬、ガリガリ君にクリームシチュー味が出た時のような、いやもっとだな、キシリトールガムにおでん味が出てしまった時のような違和感を感じさせるのだが、それはこの主人公である統合失調症の桜ちゃんが、元演劇部であることと関係している。つまり友達や家族に「セリフを言ってもらっていた」ことが後々分かるのである。彼女は高校生の時演劇部で、今でも演劇がやりたいと思っているらしい。そして「ノブ子に愛を」というタイトルで脚本・演出を担当し、友人と映画を撮った。その「セリフ」なのである。

ちなみにこの映画は城間典子さんという方が編集をしていて、これは彼女が仕掛けたものなんだと思う。桜ちゃんは統合失調症という病を抱えているからこそ、演劇という行為で自分を癒そうとしている、そういった割と手垢のついたメッセージまで内包している仕掛けだった割に、なんだかフレッシュで、気持ちが良かったのは、おそらく、桜ちゃんが脚本・監督をした作品を、城間さんが編集したからなんだと思う。

パンフレットを読まずに映画が始まった瞬間から、「統合失調症をテーマにされると妙に冷静になってしまうわ」という自分と「精神病って覗き見したくなるよね」という自分を発見していたのだが、それはやはり私自身が、20代を精神的に非常に辛い状態で過ごしたせいであり、やはり40歳の今、それを乗り越えてしまったというのか、忘れてしまったというか、つまりそういった「精神的な問題」から距離ができてしまったせいだろう。だからもし、ただ、統合失調症の女の子の1日を、下手な演技で見せられてたりしようもんなら、多分、退屈していたと思う。いや、退屈というより、知ったかぶりな自分が楽しむことを邪魔していたと思う。でも見終わった後、そんな知ったかぶりはする必要がなかったし、もっとおかしくなってる瞬間を見たかった、とか、幻聴の内容を詳しく教えてほしいという感情も生まれてこなかった。

主人公の桜ちゃんの顔に中毒性があるのである。最後に出てきたときなんか、全然普通じゃないように見えるその顔が、とても綺麗で目が離せない。時々、静止画を見せられて延々と会話だけを聞かされるシーンが幾つか挿入されていて、「待て」の状態が続くので、その後に桜ちゃんが出てきて喋ってくれると、砂漠の中で水をもらったような状態とでも言おうか、とにかく桜ちゃんの動く顔に夢中になってしまうのである。やらしい仕掛けだと思った。まんまと乗せられてたけど。

ていうか、今でも桜ちゃんにちょっと、会いたくなっているぐらいだ。うーん、顔が魅力的だったと書いたけど、結局彼女の言動の中に何か惹かれるものがあったんだろう。

手相占いのおばさんが「28歳までに資格を取れ」って言ってたのがツボだった。桜ちゃんの「演劇」という言葉を聞き取れてなかったのもよかった。20代の頃に幾度かネズミ講やエステや宗教に勧誘されたことを思い出した。私は喧嘩を売って撃退してたけどね。桜ちゃんのような素直さや優しさはなかった。

帰宅したらじうは寝ていて、夫がご飯を食べていた。劇研のことをもっと書こうと思っていたんだけど、ほとんど時差の話になってしまった。

結局、劇研がなくなること、まだ実感がわかないままだからだと思う。またいつか、あのあたりを偶然通った時に、そこにあったはずの劇研がなくなっているのを目にした時に、何かこみ上げる日が来るのだろうか。とにかく今は、こんなにもお世話になったのに、何も感じない。ただあの場所を作ってくださった波多野茂彌さんと、あそこで出会った全ての方に、感謝している。特にディレクターを務めた田辺剛さんとあごうさとしさんには、感謝の思いしかない。ありがとうございました。おつかれさまでした。

 

 

トリコ・A次回公演は9月1日に!

9月になりましたら、トリコ・Aの新作公演のご案内をいたします。しばしお待ちくださいませ。

いよいよ8月も終わりにさしかかり、虫の音が聞こえてくるようになりました。朝晩、少々冷えますね。皆様、季節の変わり目お体ご自愛ください。

リピート割引のお知らせ【財産没収】

多くのお客様に、もう一度見たい、とおっしゃっていただきましたので、急遽、リピート割引を設定いたしました。

8月20日(日)11:00、15:00

どちらの回も、二回目の観劇のお客様は1500円でご覧頂けます。(u25は変わらず1000円です)

予約は不要。受付にて「リピート割引希望」の旨と「お名前、1度目の観劇日時」をおしらせくださいませ。皆様のご来場をここよりお待ち申し上げております!

財産没収2017.08.12.13

さて、今日は14日。劇場入りしております。今日は12日と13日の稽古を記録しておきます。両日ともサファリのメンバー、達矢さんが、13日は音響のキョロちゃんが来てくれました。

まとめて書いてしまいますが、この2日間で、改めて、大きく、この芝居ってなんなのか、考えることになりました。高杉氏の提案です。私は逆に、小さな細い修正点が思った以上に出てきて、これはどうしたものか、と思っていました。

話しながら、まっちゃんという存在が、曖昧だったことに気がつきます。高杉氏はテネシー、えみちゃんはテネシーの姉。いずれも誰であるのかはっきりしていました。しかし、まっちゃんだけは「恋人」という非常に曖昧な存在。いわゆる象徴的な存在だったのです。

だから、どうしたって対象でしかなく、主体的なセリフや動きが出てこないのです。まっちゃん自身はもちろん人間ですから、彼が彼なりに通す筋というものはあるのですが、この芝居の中で、彼を捉えられていないことに気がつきます。

でも、「恋人」と言っても、具体的に誰かわかるものだろうか。欲望という名の電車のミッチやスタンリー。ガラスの動物園のジム。あるいはテネシーのリアルな恋人。でもどれも、この作品にとってはメタファーでしかなく、名も無き存在です。

メタファー。

もしかしたら、この男は、テネシーの、社会性の部分なのではないか。と思いつきます。高杉氏演じるテネシーがアーティストの部分だとしたら、まっちゃん演じるテネシーは、それを制御しようとする部分。堕ちていく彼を必死で引き戻そうとする役。

そうやって整理したところ、まっちゃんが、言いやすくなったセリフがいくつか出てきたそうです。高杉氏も「セックス」は「自分を一本化しようとする動き。お互いの部分を受け入れようとする動き」なんだなと言います。えみちゃんとまっちゃんが出会うのはやはり、姉と弟としてなのです。

そうやって3人が3人とも、ハッキリとして姓名を持つ個人であることがわかり、また一つ、この作品の筋が通りました。

それから、いくつかまだ残っていた「なんとなくセリフを割り振った部分」を正しく振り分けたり、新たに加わったダンスの部分のきっかけを合わせたりしました。

いよいよ小屋入りです。稽古場の解体を、サファリの達矢さんが手伝ってくれました。

 

財産没収稽古2017.08.11

この日も通し動画を見ての稽古です。舞台監督の浜村さんと照明の池辺さん、お二人の子供、かよこが稽古場に来てくれました。稽古場には、下野くんがすでに買ってくれていた「ランタン」が届いていました。この「ランタン」を持って、恵美ちゃんはお散歩するのですが、これ、もともと下野くんの持ち物で、アンティークな顔をしたまさにランタンでやってたのですが、夏目氏のアイディアででかい電球になりました。一気にその部分だけ「近未来感」が出てきます。実際に電気をつけ、歩いてもらうと、メタファー的なものは満載だと思っていたんだけど、LEDでとても冷たい明るさが目立ち、相殺されて落ち着きました。

「メタファー」というのがいかに取扱注意なものか、今回学びました。いろんなところでそれが顔を出して、面白いです。

さて、通しを見た演者からは、ダンスのシーン、目線の問題などが挙げられます。一つ一つ解決をして、通しを。

この中で一番の変更は、松本氏と恵美ちゃんの出会いの場所についてです。もともとは真ん中の一番良いところで出会っていた二人。悪くないのですが、そのために歩くスピードを調整してもらったり、センターといういわゆる王道のポジションを疑わずに採用していることに、はたと気がつきます。やはり選択は「悪くない」ではなく「それ以外ない」で選びたいもの。

歩くスピードに無理がなく、照明的にもエッジを立てやすそうな、右手の一番奥のあたりで出会ってもらうことにしました。実際やってみると、高杉氏がお酒を飲んでいるのがセンターなので、とてもかっこいい配置になりました。

写真はまだパソコンに届かないので、また今度アップします。お盆なので、もともと関西で現在は別の地在住の方は是非、里帰りついでに観劇していただきたいものです。劇研、もう閉まりますので。

財産没収2017.0808

この日の課題は4つありました。どれも、シーンとして少し気になる箇所です。それが、一つ解決すると他も解決する、という状況になってきました。さらに、今日は解決をつけるつもりがなかったところ、つまりラストシーンまで改善されました。

ラストは再び恵美ちゃんが、「外」をぐるぐる回るという終わり方をしたいと私は思っていました、しかし先日照明の池辺さんにそれがわからない、と言われたところ。そこはそのままに、

恵美ちゃんが「じゃあ、帰るわ」というセリフの扱いについて問題提起をしてくれたので、それを解決しようとした結果、私が挙げたパターンの中で、高杉氏が支持したのが、恵美ちゃんは外をぐるぐる回らない、という終わり方でした。

実際に通しでやってみると、それがとても、しっくりきました。オープニングとの相性が良いというのでしょうか。筋がすっきり通る必要はないのですが、まさに、相性が良いという感じでした。

この日は衣装の詩恵ちゃんが来てくれたので、それを着て稽古と通しをしました。見栄えは良いので、あとは動きに合わせて少しずつマイナーチェンジをしてもらいます。また、当初イメージしていたものと少し違うシルエットのものは改善されることになりました。

財産没収稽古2017.08.06

5日の稽古で、恵美ちゃんのセリフと動きが飛躍的に良くなっていたことに驚き、その日の通しで、高杉氏の俳優としての力量をまざまざと見せつけられ、6日の通しで、まっちゃんがそれに食らいつく様子を見ることができました。

こんなに、こんなに、それぞれが自立して、自分のペースで役を育てていく、自分を訓練していく、準備を怠らないメンバーと、芝居を創ることができる私は、すごいです。

さて、この日は、ほぼ作品の骨格と肉付けが終了したということで、細かく気になる点を洗っていくことになりました。椅子の数、トルソーの位置が変化したことによる立ち位置の問題、それからいくつか、小さなセリフと設定の齟齬。しかしそれも、ラストのダンスのところの曲の掛け方とダンスの内容を吟味し、口頭で幾つか演者同士で打ち合わせをしてもらって、通しをしたら、ほぼ、消えていました。

局部的な問題というのは実は少なく、すべてが影響し合っているものです。どこかがよくなると他もよくなってきます。そうやってすべてが少しずつ、よくなっていきます。反対に、問題の箇所を放置しておくと、全体的にもいつまでもよくならない。過去を振り返るとそれがわかります。

通しを、照明の池辺さんに観てもらいました。内と外、について、解釈しにくいとのこと。私の中でこの「内と外」は非常に整理されているのですが、改めてこの質問で、言葉にする機会をもらいました。

池辺さんが帰った後、改めて演者の方から、幾つかきになる点をピックアップしてもらいます。これらも、いずれも小さなことばかりなので、次の稽古で当たりましょう、ということになりました。ここからは演者たちがそれぞれの動きやセリフの制度を上げていく時間です。

俄然、本番が楽しみになってきました。

写真はいつかの稽古。